井上会計、はじまりの話



夏が前倒しでやってきたような…日差しが照りつける6月のある日。私は井上会計事務所に赴いていた。「ぜひうちの仕事振りを見てください!」とすごく前のめりに取材依頼をくれたのが同社代表取締役の井上義崇さん(以下井上さん)。
執務スペースにお邪魔させてもらうと、まず意外だったのが雰囲気の良さ。士業というと静かな室内でタイピング音が黙々と聞こえる…そんなストイックなイメージを勝手に抱いていたのだが、まるでカフェにいるかのような落ち着いたBGMをバックに、程よい緊張感とゆるさが調和する空間…仕事場として心地良い雰囲気が肌で感じられた。
ここで作業するのは井上さんと4名の社員。皆、各々のPCに向かいながら業務上のやり取りやちょっとした四方山話やプライベートな会話を交えながも、しかし仕事を着々と進めている。ちょっとキャラが濃く押しがやや強めの井上さんばかりが出過ぎる事なく社内全体の一体感がそこにある。
「元々ここは父の個人事務所なんですよ。」と井上さんは語る。

井上伸一税理士事務所。井上さんの父・伸一さんが1981年に開業した個人事務所である。その4年後に井上さんが産まれ、自宅兼事務所だった同社に足を運ぶ顧問先から井上さんは大変可愛がられたという。
人とお酒を酌み交わすのが大好きだった伸一さんは顧問先を招いての新年会を毎年開催していたという。「物心ついた頃にはお客さんにお酌してました。もう訳が分からずに。ただその時の光景というか、お酒を注いで喜んでもらったり、楽しい思い出が入り混じって、あっ社長って何かいいな…って今でもそれが原体験として残っているかもしれません。」
父は先生、顧問先は顧問先とそれぞれの呼び名が楽しげに飛び交う新年会。互いの良好な関係をみて育った井上さんは、父に倣って士業へと進かと思われたが実はそうでもなく、紆余曲折の道のりが待っていたという。
「一応、日本大学法学部に進みましたが、その頃は若気の至なのか自分の可能性を試したい時期だったんでしょうね。色々な業種の試験を受けてたんですけど…よりによって税理士試験に落ちちゃったんですよ。ただ、いくつか合格した試験もあって、当時お世話になった先生から宅建(宅地建物取引士)の資格は持っているんだし不動産業に進んでみてはと提案されまして『君は細かい計算に打ち込むよりも人と接する方が向いてるんじゃないか?』とか言われて、なるほどなと思い、とりあえずその道に進んでみたんです。」
不動産会社の営業に舵を切った井上さん。どうやら先のアドバイスは的を得ていたようで、井上さんは同業界で頭角を表しはじめる。それから数年後、その手腕買われてか次は総合人材サービス部門にスカウトされ、ここでも腕を振う事に。気がつけば筋金入りのの営業マンとなっていた井上さんであったが、2016年に転機が訪れる。父・伸一さんが大腸がんを患っていることが発覚したのだ。
「進行がステージ4だったので直ぐに父のこと、会社の顧問先のことをなんとかしなきゃと思いました。」これまで父を頼りにしてくれた人達を支えたいけど自分に出来るのか。それとも他の税理士事務所にこれまでの仕事を引き継いでもらった方がいいのか?でも他人に委ねてしまっていいんだろうか…だけど、そもそも自分は税理士ではない。
逡巡する思い。そして井上さんはやっぱり自分がこの事務所を継ぐのだと腹を据える。
山形にUターンし、父の税理士事務所に入った井上さんがまず取り掛かったこと、それは仕事のデジタル化だった。「父は昔肌なところがあって、まぁアナログ派というか…『データ』というものが一切なくて、申告書類や決算資料などは全て紙で保存してました。」その膨大な量の帳簿や書類にひたすら向き合う一方で、父と顧問先への挨拶周りも欠かさなかった井上さん。「顔を出してみると小さい頃を覚えてくれいる方が多くて、大きくなったね〜!なんて言われながら、引き継ぎはスムーズにいきました。本当それはありがたいことでした。」
やるべきことを一つ一つこなしていく日々。「心配していた税理上の業務については、思い切って税理士を新たに雇うことにしました。で、僕は僕の強みを、今まで磨いてきた営業時代の知見とか、対人スキルは顧客対応に活かそうと思いました。組織とかチームでやっていくと考えれば全員が税理士じゃなくていいんです。」
こうして、井上伸一税理士事務所に併設するかたちで井上さんは、父のやってきたこと -人と人との繋がりを大切にする- を理念として新会社「井上会計事務所」をスタートさせた。

変えられるのは未来だけ


いつの間にか足早に梅雨が過ぎ去った7月の始め、私と井上さんはこんな話をしていた。経営者はとにかく忙しい。こと中小企業においては自らプレーヤーとなって立ち回る経営者も多く、仕事以外のあらゆる雑多なタスクにもあたらなければならないため、日々心休まる暇がないと。
「私達は前に進まなければなりません。仕事をこなして利益を出して、会社を存続させていかなければ。ですが、ガムシャラに目の前の仕事に向かう前に、現実から少し離れて、自社や自分自身の事をじっくり見つめ直してからでも遅くないのでは?と、それが今、皆さんに推奨している『未来会計』の第一歩なんです。」
未来会計、聞きなれない言葉だ。しかしなるほど。自分では広く視野を保っているつもりでも本人が気づいていないだけで近視的思考に陥ってる場合がよくあるという(まぁ私がそうだ)。それを打破するのが未来会計というものならばぜひこの目で見てみたいと思った。井上さんは言葉を続ける。
「過去に囚われ過ぎでも良くないんですよ。過ぎたことをあれこれ悩んでも結局起こった事実に結びつく、あれは必然だったという結論に行き着くからです。それよりも『今』を起点として未来を見据えることの方が大事です!」
そんな折り、実際の「未来会計の現場」に立ち会う機会に恵まれた。
◻︎将軍の日:幸設備さんの場合

午前10時、井上会計事務所の2階にて株式会社幸設備さん参加による「将軍の日」がはじまる。テーブルにつくは同社代表の男鹿社長と経理担当の奥さん。井上会計からは司会役として加藤さん、ファシリテーターを務める井上さんの4人。
プロジェクターには中期経営計画立案ステップ、男鹿社長ら手元のPCには同社の会計データがカリキュラムに沿う形で共有されている。それにしてもたった一日で5年先の未来を描けるものなのか?そんな素朴な疑問を胸に、私は目の前のやり取りをじっと見つめることにする。


構成は至ってシンプル。加藤さんの丁寧な説明に始まり、用意された設問に男鹿社長がPCへ回答を打ち込む。回答までの時間は5〜10分、その間、井上さんが2人に質問を投げかけたり、意見を交わしながら徐々に皆の体温を上げていく。以下に一例を記してみたい。
■自社を知るカリキュラム


2つの観点から自社の現状を分析し、未来を分析する。
- 定性的観点:数値化しにくいもの(社風や人間関係など)
- 定量的観点:数値で分かるもの(財務状態など)
1.売り上げ分類のお願い
本業である設備売り上げの他に土木工事や除雪の受注も年々増えている幸設備さん。これまで「工事売上」と一括りにしていた各項目を「設備売上」「土木工事売上」「除雪売上」と分類し金額も入力する。
2.販売力分析
売上分類を元に、それぞれの商品・サービスの販売力をライフサイクルに照らし合わせて分析する。
- 挑戦商品 市場に投入したばかりの商品
- 成長商品 売上は伸びているが、広告宣伝費などコストが大きくまだ利益が出ていない段階
- 安定商品 一定の市場シェアを獲得し、コストを回収し安定的に利益が出ている商品
- 成熟商品 競合他社の参入により市場が飽和状態になった段階
- 衰退商品 その商品・サービス自体のニーズが市場から失われていく段階
…先程分類した「設備売上」「土木工事売上」「除雪売上」がどのライフサイクルにあるかを入力することで、自社の強み、主力商品は何なのか。また反対に弱みや課題はどこにあるかを検証していく。



「あぁそうきたか。」「そんな風に思ってたのね。」と幸設備さんサイドの意見の相違も目立つようになってきた。が、ここはいい意味で普段の職場でない。そこへ絶妙なタイミングで声をかけていく井上さん。時に柔らかく、時に自身の体験も交えながらごく自然に場を盛り立てていく。はじめは遠慮がちだった奥さんは思い切って発言できるようになり、口数少なめだった男鹿社長の口も滑らかになっている。
カリキュラムが進むと同時に皆が熱を帯びていくのが分かる。進行は無駄なくスムーズ、それはシステマチックな作業でなく、経営者と会計人の血の通ったやり取りによって経営計画は有機的に構築されていく。こういうやり方もあるのかと目から鱗の思いだった。
気がつけば午前の部が終了。およそ2時間半、皆がバチバチにやり合う中で明確化された自社分析、経営理念、そして5年後を見据えた中期経営計画。昼休憩を挟んで午後からは数値面でより計画を作り込んでいく。午前中の下地を元に売上・経費面、投資や借入といったあらゆる角度からセッションが始まる。もちろん午前中同様、バチバチにである。
▫︎MAS監査:肉の中村さんの場合

別日、私はもう一つの未来会計の現場にお邪魔した。セッティングされたのは肉の中村さんの「MAS監査」。同社の中村社長は将軍の日をすでに終えており、経営計画の実行の段というべき「日々の仕事」の検証・戦略を練るための来社であった。
肉の中村さんの事業は一般消費者に向けた直販と小売店への卸売り、この二部門であるが、当レポートではその直販部門の主力である「ぐっど山形」テナント店における販売戦略を中心にお届けしたい。
タイムマネジメント


井上さん「社長、ぐっと山形にはいつも何時から何時までいますか?」
手元の端末には監査のベースとなるデータが。4月から6月までの売上計画と実績、さらには日報から抽出された日々の売上、天気、時間帯別の来店者など事細かに分類されている。
中村社長「私が店に立つのは12時から、だいたいは最後(17時30分営業終了)までいますね。そこからレジ締めや後片付けをするので18時くらいかな。」
井上さん「社長、それを16時までとしたら‥どうなります?」
この発言を聞いてふっと面差しが変わる中村社長。
井上さん「16時以降は来客数が極端に少ないんです。そこに社長がずっといる意味があるのかな…例えばです、今までやっていた夕方の作業は社員の方にお任せする。その間、販路拡大のために人と会ったり色々なことができるようになりませんか!」
中村社長「なるほど。」
社長の時間割を見直してみませんかという提案。時間帯によって異なる来客傾向を見越し、もっと時間を有効活用できるのでは?と井上さんは考えたようだ。
井上さん「同じ3時間ではありますが、この数時間は社長にとって価値がある時間になると思うんです。ワクワクしませんか?」
中村社長「確かにね!」
分解して考える


井上さん「社長が売りたい商品ってあると思うんです。」
中村社長「うん。」
井上さん「そこに『もっと売るべき商品』も加えてほしいんですよ。」
…という切り口から検証に挙がったのが「原価」である。常に毎月の勘定元帳を把握してる井上さんであるが、このMAS監査に向けて提出される日報では商品原価が一律で計算されており、「商品の原価を深堀りさせてください。」とこの場でテナント手数料、光熱費、人件費を落とし込み、各商品の純利益を改めて算出する井上さん。その結果、数を売ってもそれほどプラスにならない商品も見つかった。
井上さん「薄利多売の商品があってもいいと思いますが、利益率の高い商品も売上を伸ばしていきたいですね!」
中村社長「そうなるとお客さんへの声がけもちゃんとしていかないとね。」
井上さん「それです!」
そのためには、まず店頭に立つ社員の方にも各商品の原価を共有したい。そして売るべき商品を伸ばすためにどういう指導(例えばお客さんへの声の掛け方)をすればいいか。中村社長のこれからの行動計画が自然と固まってきた。
井上さん「こうやって一つ一つを良くしていくことで、全体も良くなっていくんです。」

ふと、将軍の日でもそうだったが井上さんは「何も決めていない」という事に気づく。それこそがファシリテーションの為せる業、か。「私がアレコレ決めてしまうと何だかノルマみたくなっちゃいますからね。」意思決定はあくまで社長。全てのカリキュラムに通底するのは「本人の自主性に基づく」ものでなければならない。
今回は時間にして約2時間。丸一日掛かりだった前回と比べるとややコンパクトに感じたが、中村社長の表情からはこのセッションの充実ぶりが伺えた。毎月実施されるとうこのMAS監査。本日のフィードバックや新しく決めた行動計画がどういった成果を生み、また新しい出来事にぶつかっていくのか。会社経営を航海に例えるならば、さながら中期経営計画は海図で、MAS監査は羅針盤のようなものなんだろう。
そんな思いを胸に私も井上会計を後にする。そしてちょっと想像してみる。今回体験した未来会計が自分にもできないものか…と。
新人社長のちょっとした悩み
取材を経て、未来会計というものに感銘をうけた私は、この知見を自社(田中制作室)に取り入れたいと思い立った。見様見真似ではあるが中期経営計画から始めよう。しかし突然5年ごという遠い未来に日和ってしまう。5年は過分に思えたのでさしあたり半年先の計画を練ってみる(それでも半日は掛かってしまった)。早速その旨を井上さんに伝えてみる。きっと喜んでもらえるだろうと思いきや、「いえ、5年で立ててくださいよ!」と諌められてしまった。
え〜、5年は先すぎる!
「なぜかというと、5年先のあるべき姿を想像する、そのワクワク感が必要だからです!」と井上さん。確かに半年先なんてほぼ現実と地続きでリアル過ぎる。
「楽しくないと続きませんからね。思い通りにいかなくたっていい、後から下方修正したっていいんです。ただ計画があるのとないのとでは自分が何をすべきか、反対に何をしない方がいいのか、物事の捉え方や動き方は変わってくるものなんですよ。」
ワクワクしながら夢を描く!日を改めて、まずはそこから初めてみることにしよう。

