山形の企業 2025.04.22

麦の海からの贈り物

干柿で紡ぐビール物語

蔵元を訪ねる。この響きにときめきを感じる人はけっこうな酒飲みではないでしょうか。今回私が訪ねるのはクラフトビールの醸造所Brewlab.108。偶然にも新商品の開発に立ち合えるということで、お酒大好きな私の期待感もひとしお!といった所でしたが、現場はそんな物見雄山的な気分がいっさい立ち入る隙のない程、タフで繊細な場面の連続でした。

 

クラフトビールって最近よく聞くけど実際どうなの?興味はあるけど結構よね?と、興味はあるけどつい距離をとってしまう人にこそ読んでいただきたい。麦の酒にまつわるクラフトマンの物語へようこそ!

INFORMATION
Brewlab.108/代表 加藤克明さん
Brewlab.108/代表 加藤克明さん

天童市に位置する将棋タワーに隣接するマイクロブルワリー。その名の通り少量ずつ醸造する利点を最大限に生かした妥協なき、しかし表現力の高いビールは国内外の有識者を唸らせるクオリティを誇る。2020年の本格稼働以来、国内外の数々のコンクールで受賞してきたなかでも白眉は「JapanOrigin」。国際コンペティションにおいてオリジナルカテゴリーを認定されたことは国内ブルワリーで初の快挙である。

 

Web :https://brewlab108.com/

Instagram :https://www.instagram.com/brewlab.108/?hl=ja

ブリュワリー探訪

「ちょうどこれから干し柿のビールを仕込むところなんですよ!」そう弾むような声で教えてくれたのがBrewlab.108の代表の加藤克明さん。かつては工業系エンジニアとして日本からシンガポール、サウジアラビアを渡り歩き、いつしか酒造りに魅了され、辿り着いたのが醸造家という生き方。しかし数あるお酒の中でクラフトビールの何が加藤さんの生き方を決めたのか。

「元々お酒全般が好きでしてね。確か、シンガポールにいた時クラフトビールにハマり出したんですよ。向こうは女性でも昼からビールを嗜む文化がありまして、パッと見楽しそうだと。で気になって飲んでみたら日本のビールと全く違った味わいで。特に好んで飲んでいたクラフトビールの一つがアイリッシュエールでした。」

…ちょっと聞き慣れない単語「エール」。これはビールの発酵過程によって細分化していくビアスタイルのひとつ。「この幅広さにクラフトビールの魅力があるんです。」と加藤さんは言葉を続ける。

「何といってもその自由度の高さです。醸造家が自身の感性に忠実に、感覚を信じてビールを造る。そして自分が身を置く環境・風土からも影響を受けていくのがクラフトビールです。」

今、加藤さんの口から「風土」という言葉が出たが、現在日本国内には800以上もの醸造所が存在するという。どれもが個性的で地域色を打ち出しながら切磋琢磨している。あくまで作り手のパーソナルな部分に由来するクラフトビールにおいて私が取材を通じて知りたかったポイントがここにあった。ビールの個性を表現する上での醸造家の勘どころ…それが一体何なのかを自分の目で確かめてみたかったのだ。

出発点

論より証拠ということで「まずは工程を見てください!」と作業着に身を包んだ加藤さんに案内され、いざプラントの中へ。ふと片隅には麦芽がぎっしり詰まったモルト袋が並んでいる。今回醸造するのは加藤さんも初の試みとなる干し柿ビール。これを造るにあたって加藤さんはいくつか旗を立てた。

「干し柿から連想できるものって、例えば古来の保存食であったり昔の日本の家庭…といった所でしょうか。このイメージを体現できるビアスタイルを考えた時にアイリッシュエールが浮かびました。これはヨーロッパのビアファンの間では伝統的なビールと捉えられているもので、その深い味わいは古き良き日本を、朱に染まる彩りは干し柿のイメージと結びつき、これだ!と思いましたね。」

目指すビール像と明確なイメージを組み立てたうえで、それを工程に落とし込んでいくのがビール造りの肝なのかもしれない…そんな仮説(?)を胸に私は作業を注視していく。一袋で重さ25kgもあるモルト袋を抱えて足場に上がる加藤さん。クラフトビール仕込みの前段階「粉砕工程」が始まった。

一袋、また一袋と砕かれていく麦芽達。ガガーッという粉砕音と共に麦そのものといった素朴な匂いがほのかに広がっていく。「今回は英国産の最高品質麦芽をメインに、キャラメル麦芽を組み合わせています。」前者はコクや味わいを。後者は甘味と色味を演出してくれるという。粉砕され粒状の麦芽を食べさせてもらう。確かに、それぞれの風合いの違いをはっきり実感できた。うーん、なんとなく麦芽の種類によって粒の細かさが違うように思える。「そう!これは粒度といってその粗さによって仕上がりも変わってくるんです。麦芽の種類、分量についても同様のことがいえます。」と、この加藤さんを話を聞いて、私が知りたがっていた醸造家の勘どころはこの時点ですでに始まっていることに気づく。ビール造りはまだまだ始まったばかりだというのに。

クラフトビールは一点物

ここからは「仕込み」と呼ばれる一連の工程を追っていく。最終的な発酵への足がかりとなるこの過程で麦芽はもろみ、麦汁へと変化していく。文字面でいくとその通りなのだが、加藤さんは並行して自身が描くイメージを作業に細かく落とし込んでいく。その様子はとてもスリリングなものだった。仕込みとはビアスタイルを決定づける分岐点でもあるのだ。

◻︎糖化工程

粉砕された麦芽を仕込み樽へ投入し加熱する。別名もろみづくりとも呼ばれる。「アミラーゼというタンパク質を分解してくれる消化酵素が活性化する温度域を狙っています。この作業は温度と時間の管理が繊細なんですよ。」と加藤さん。時間の経過と共に樽から蒸気が立ち上っていく。「今回は段階的に糖度を上げていくステップインフュージョン糖化法をとっています。」樽の中が一定の温度に達するところを確認すれば糖化は終了する。

糖化後は素朴な感じだった麦の匂いが甘みを帯びてくる。その後は糖度チェック。この作業は仕込みの要所要所で行われるという。「自分の舌での確認は欠かせません。」と加藤さん。

◻︎濾過工程

もろみ状態の麦芽を籾がら麦汁に分離する作業。ロイター板と呼ばれる無数の穴が空いたこの板は、パイプを通じてタンクの上から流れてくる麦芽を受け止め、循環がはじまる。大きい籾がらの粒に小さい粒が積み重なることで麦芽のフィルターが出来上がる。これが濾過装置となって、はじめは濁っていた液体がクリアになっていく。麦汁の誕生である。

循環を経てクリアになっていく麦汁。ちなみに濾過の初期段階で抽出される麦汁が「一番搾り」と呼ばれる。

濾過と並行してでペースト状となった干し柿が加えられる。今回の仕込みに使用された干し柿は12㎏。ちなみにそのペースト加工は加藤さんの妻・佐織さんが2日がかり(!)で作り上げたという。

濾過が終わった麦汁は再び仕込み樽へ戻される。タンクに残った籾がらは畑の肥料として使用される。「いつも副原料をいただいている果樹農家さんへ還元しています。」この言葉からBrewlab.108設立時から一貫する”クラフトビールを中心とした循環する仕組み作り”の大切さを唱える加藤さんの姿勢が窺える。

◻︎煮沸工程

ビールとしての輪郭がはっきりしてきた麦汁へ、目鼻立ちをつけるためにホップを投入。加熱していく煮沸工程。ホップは品種によって風味やアロマと呼ばれる上立ち香が異なり、入れ方によってもその作用は変わってくるという。今回採用されたのがケトルホッピングと呼ばれるホップを何度かに分けて投入する方法。他に煮沸前や発酵後に入れるやり方もあるそうで「煮沸する時間もそうですが、このホッピングによって苦味や香りのつき方は全く違ってくるんですよ。」クラフトビール醸造はまだまだ続く。加藤さんが目指すビール像へ辿り着くまでに一体いくつの選択肢があるのだろうか。

煮沸後の麦汁を飲ませてもらう。麦の甘さにちょうどいい苦味を感じる。「色味も狙い通り」と加藤さんも好感触だった。

加藤さんの手は止まらない。プラント奥にある発酵タンクへ麦汁を移送するためパイプの洗浄、冷却装置の設定が行われる。仕込みは佳境を迎えていた。

◻︎発酵工程

全ての麦汁が発酵タンクへ送られたところを見計らって「15分ほど経ったら酵母を入れます。」と加藤さん。少し間を空ける理由は麦汁そのものを落ち着かせるためだという。ここから発酵における酵母の働きによって、麦汁の糖分がアルコールと炭酸ガスに分解される。いよいよビールの体をなす仕込みの集大成である。

また、ビアスタイルに合わせてその手法も変わってくるようで「エールの場合はエール酵母を使い、タンクの上の方で発酵させます。」この上面発酵という手法は冷蔵技術が発達していなかった19世紀以前から用いられていたらしく、ここにも干し柿ビールのコンセプトの一つ「伝統」というキーワードが見つかった。

三度目の糖度チェックを終え、酵母を投入したところで一連の仕込みは無事終了。

ひとしきり作業を終え、ようやく一息かと思いきや「ビール造りはこれからが本番です。」と加藤さんは言う。発酵させた麦汁を「貯蔵」し時間をかけて不要な香味成分を揮発させる「熟成」工程が待っている。「酵母の働きは未知の領域です。日々変化を見逃さないように、手を掛ける必要があるのか、そのまま委ねるか…リリースのタイミングに影響してくる。この見極めが重要になってくるんです。」

…酵母と向き合う日々はなんと2ヶ月に及ぶ。とにかく、醸造過程における選択肢に多さに驚かされた。加藤さんの言葉を借りれば「組み合わせは無限大」ということか。改めてクラフトビールは生もの、一点物であると作業を振り返って実感した。繊細で、常に体も動かし続けるビール造りは相当な労力を要するに違いない。しかし加藤さんをチラリと覗いてみると、その表情に一点の曇りはなく、むしろ充実感のようなものがほとばしっているようにも見えた。「うちは名前の通りマイクロブリュワリーであり、ラボラトリーでもあるんです。試行錯誤は望むところですよ。」と語る加藤さんのクラフトマンシップに改めて感服である。

Beast Busters

「猿がね。山から降りて来るんですよ。」柔和な面持ちで訥々と話す姿が印象的な五十嵐さん。「昨年の秋、集落全体にビラを配って、収穫する見込みのない柿を一軒一軒まわって獲りました。柿が甘くなる前にです。」Brewlab.108に干し柿を提供してくれたのがこの方、ビールの仕込みから数日後、私は尾花沢を訪れた。干し柿ビールの発案者であり「清流と山菜の里ほその村」の代表を務める五十嵐幸一さんの話を聞くためである。

「ほその村」は地名ではない。正式には尾花沢市細野、つまり地区名であって「ほその村」は団体名となる。同団体は2010年、退職したばかりの五十嵐さんが発起人となり発足した。付近の山々をはじめ地域そのものを活用したアクティビティや特産品を企画したり、田畑の事業継承や荒廃地の再開発など、ソフトとハードの両面を網羅した活動はいつしか地域起こしのロールモデルとなり、農林水産省をはじめ数々の機関から高い評価を得ている。

参考サイト:やまがた的グリーン・ツーリズム

この日はタイミングよく台湾のツアー客が来ており、私は見学がてらこのツアーに同行させてもらうことになった。おもてなしの主役は五十嵐さんいわく村のかあちゃん達。Brewlab.108が命名したオバネーゼと呼ばれる方々の手料理が振る舞われ、食事の後は雪深いこの地ならではの滑り台体験。ひとしきりツアーの様子を見届けた後はレストランの一角を借りて五十嵐さんの話をじっくりと聞かせてもらった。

「Brewlab.108さんとのコラボは2回目なんですよ。最初はうちのメイプルサップ(動画には加藤さん夫妻の姿が!)を使ってもらって、今回は干し柿です。私が柿をとって、オバネーゼが干し柿を作ってくれました。」昔は家の庭や畑に何かしらの木を植えている家庭が多く(私の実家にも柿の木があった)、郡部へ向かうほどその傾向は強まっていく、山間に位置する細野ではそれゆえに深刻な問題を抱えていた。鳥獣被害である。

「柿は晩秋から冬にかけて甘くなります。ところが高齢化が進んで柿を収穫できない家が年々増えてましてね。カラスに熊、そして猿。寒くなって餌が少なくなる頃に柿は動物達にとっていい獲物ですよ。柿だけじゃなく、他の農作物の食い荒らされる家もあって、集落にとってはとにかく頭の痛い問題だったんです。」

ならばとられる前に獲ってしまえと、昨年9月に五十嵐さんは柿の収穫代行を実施。集まった柿の総量は約1tに及んだ。このとんでもない量の柿を見事に采配してしまうところに五十嵐さんの手腕の冴えを感じる。「柿渋と干し柿にかえて、柿渋はデザイナーさんに頼んで染め物に、干し柿はクラフトビール開発に使ってもらいました。特にクラフトビールに関しては以前頼んだメイプルサップビールも大変評判が良かったんで、大いに期待させてもらってます。」

ピンチはチャンスという常套句があるが、それを実行することは容易いことではない。村おこし、まちづくり、新聞やニュースに現れては消えていく言葉達。しかし実際にそれを継続し結果も出して、また新しい挑戦を続けている。五十嵐さんはじめほその村の方々。そういえば以前加藤さんがこんなことを言っていた。「生産者の方には最大級の敬意を持ってビールを造らせてもらってます。ある意味重圧が肩にのしかかってるというか。最高の素材を託してもらって最後の最後に失敗なんかできないからね!責任重大ですよ。」五十嵐さん、もといほその村から加藤さんへ、手渡されたバトンはきっと重いに違いない。

地図の書き換え

仕込みからおよそ2ヶ月が経過したあくる日、加藤さんから連絡をもらい再び醸造所へ。最終工程のひとつ「酵母抜き」が始まった。発酵タンクのレバーを降ろし、タンク下に置かれたバケツにはドロっとした固めのシェイクのようなものが堆積し、次第に泡味を帯びていく。こうして死にかけた酵母やホップ粕が抜けた後はいよいよテイスト確認へと移っていく。

グラスに注がれるビール。ビアスタイルのレッドエールのそれはまさに干し柿色。口に含んだ時に感じる味覚や嗅覚を確かめる加藤さん。少し間をおいて、第一声「イメージ通り!」とその言葉が聞けてなぜか私も安堵した。「まだ濁りは少し残ってますが、最後の濾過があるんでもう少しクリアになりますよ。」これからビールは貯酒タンクへ。その間フィルターでの最終濾過を経ていよいよ瓶詰め、ラベル貼りと残された作業もあと僅かとなってきた。

ブリュワリー探訪もいよいよ最終日。プラント内にプシュー、プシューと規則正しく響く機械音。これは瓶の中を一度真空に、タンクと瓶の圧を均一にして泡を立てないようビールを注入・即打栓する「瓶詰め工程」。それと同時進行で佐織さんも大忙し。初摘みの完成品をラベル貼り機にセットし、一本一本丁寧にラベルを貼り付けていく。

#五十 Hoshigaki -Beast Busters-

ほその村をイメージさせる山々と、柿を手に逃げ惑う猿があしらわれたラベル。強いメッセージ性とキャッチーさを感じさせる素敵なデザインだ。と、ここで佐織さんの携帯が鳴った。電話の主は五十嵐さん。「あと1時間ほどでここに到着するって!」まさか依頼主との引き渡し場面にも立ち合えることになるとは。

五十嵐さんが到着し、早速の記念撮影の後、作業も少し落ち着いた加藤さんに佐織さんも交えたしばしの談笑。干し柿ビールの出来栄えやラベルに込められたメッセージを嬉しそうに語る加藤さん。「実は#50は五十嵐さんの苗字から頂いたナンバリングなんですよ。」とちょっとしたサプライズを聞いて照れ笑いを浮かべる五十嵐さん。うん、いい時間だ。「おかげ様で、前の秋冬は被害がほとんどなかったんですよ。」との五十嵐さんから嬉しい報告。ビール造りを通した地域貢献の一旦を聞けて私も嬉しかった。このビールが沢山売れますようにと、心から思う。

蔵元を訪ねる。酒飲みにとってこれほどときめく言葉はない。酒…というよりビールに対する探究心がいっそう加速した私はほぼ毎日、どこかしらのクラフトビールを飲んでいる。それにつられるようにビール嫌いなはずの妻も一緒に飲んでいる。そんな話を佐織さんに伝えたところ、こんなことを教えてもらった。Brewlab.108の商品はビールの苦手な女性にも飲みやすいビールを目指してる部分もあるという。「メーカーのビールってキンキンに冷やさないと…ってイメージがあるでしょう?実はあれが女性のビール嫌いを助長している側面もあるんですよ。ホップは冷やしすぎると香りより苦味が立ってしまうから。」確かに喉越しやキレといった要素は男性向けの要素が強いかもしれない。加藤さんの話も聞いてみる。「そういう画一的なイメージ戦略に対する異議申し立てのようなものは当然あって、ビールって本来誰でも楽しめるものなんですよ。ここはしっかりと伝えていきたいですね。」クラフトビールの多様さ、奥深さに惚れ込んで醸造家を目指してしまう…実際そういったケースは日本全国、世界的にも多いという。クラフトビールの魅力恐るべしである。

日々色々なビールを飲み比べているうちに好みなビアスタイル(ちなみにヴァイツェンでした)を見つけた私は、もう一つ加藤さんに聞きたいことができた。「加藤さんおすすめのクラフトビールの飲み方ってあるんですか?」

「いや〜特にないんですよね。自由に楽しんでもらえれば…田中さんみたいに自分好みのスタイルを見つけてもいいし、あるいはペアリングも面白いし、クラフトビールが好きな方同士が仲良くなって、意見交換なんかしてくれるようになったら、もう最高です!」