山形の企業 2025.12.18

建築設計の現場探訪

リノベで住まう家

開け放たれた玄関をくぐる。正面、吹き抜け階段を上がると2階では工具片手に忙しく動き回る大工さんの姿が。

 

周りを眺めると、そこにあったはずの壁や天井が無い。ただ剥き出しになった柱や梁が、窓から差し込む光に照らされて、その堅牢さを静かに主張している。

 

これから暑い盛りの7月初め、私は山形市内のある現場にいた。目にしているのはリノベーションにおける解体作業。築年数30年を超え経年を感じさせる壁、天井、床が次々と剥がされていく。

INFORMATION
有限会社中川建築設計事務所/課長 今井隆造さん
有限会社中川建築設計事務所/課長 今井隆造さん

長野県出身。中学時代に見た自宅改装を機に建築に惹かれ大学卒業後は設計一筋。実直かつ丁寧な仕事ぶりに定評があり、住宅はもとより店舗やオフィス関係の新築・リノベーションを数多く手掛ける。

 

Web:https://nakagawa-arch.com/

Instagram:https://www.instagram.com/nakagawa.arch.yamagata/

夏から秋の現場通い

「屋根裏から床下まで、まずは家屋をスケルトンにします。」そう話すのはこの現場に携わる建築士の今井隆造さん(以下今井さん)。現場独特の雰囲気にあてられて浮き足立つ私を尻目に、1階で何やら大工さんと声を掛け合っている。

「こっちの方が下がってますね〜。」今井さんが立つ元台所は建物の北側に位置する。一方大工さんが立っている和室は南側、聞けば建物の北と南とで10㎜の高低差があるという。これって結構厄介な問題なのでは?

「今回は大引(おおびき)のねじれも大きいので全部入れ替えます。南側と高さに合うよう木材を切り出してね。それと基礎の上に乗っかってる土台は動かせないので、根太(ねだ)を添えて水平を取ります。」

なるほど、床下の状態は開けてみないと分からない事も多く、シロアリ被害や土台そのものが傷んでいた場合はそれこそ厄介だという。「…なので今回は全然いい方ですよ。」

精緻なディティールで完成模型を作る。これが今井さんのやり方だ。取材にあたり図面はあらかじめ見せてもらっていたが、いまいちこの先のイメージが湧いていなかった私は、すでに施主に渡していたという完成模型をもう一個組作ってもらった(大変お手数かけました)。

見せてもらったその模型は、間取りはもちろん窓や玄関の造り、屋根の形状までみてとれる詳細なものだった。ようやくスタート地点に立った!そんな気がした。さらには手書きのイメージパース (リビングやキッチン等が様々な角度から描かれている) を見ることで益々理解が深まっていく。「こうすると光の入り具合なんかも分かるんですよ。」おもむろに模型を傾けはじめる今井さん。施主とも細やかにプランを練ってきたのだろうか。

「え〜と、広い家でごろごろしたいんです。それと、どこからでも家族の顔が見えるといいなぁ…」うん、結構ざっくりだ。この施主からの要望をもとに今井さんはどんな設計コンセプトを導き出したのだろうか。

「構造補強を加えながら部屋と部屋の間の壁は極力減らして、ひとつながりの居住スペースを広く取りました。それと間取りも思い切って変えて…玄関正面にあった階段をはじめ、壁付けで家族の様子が見えなかったキッチン、トイレの位置等も変えています。他にも2カ所あったベランダを取り込んで子供部屋を拡張したり寝室に繋がる書斎を設けたりと、随所に工夫を散りばめています。」

「子供の遊び場としては不便だった和室は増築して広いリビングに、キッチンからも家族がくつろぐ様子がばっちり見通せますよ。」日一日と進む工事の中で、様々なアイディアが形になっていく過程が見れる。それは私にとっても現場通いの楽しみが増えた気がして嬉しくもあった。

階段が元々あった玄関口
キッチン側へ新設された階段。リビングの窓へ視線が抜けて開放感も◎
1階にはヒートポンプ式の床暖房を採用「20度設定でも相当あったかいですよ。」

図面は書いたら終わりじゃない

「もしかしたら設計士ってわがままな人種なのかも。大工さんに図面渡して、この通り建ててくれって言ってるようなものだからね。」そんな事をポツりとこぼした今井さん。施工と現場。そこに設計者が介在する意味はないのかと聞かれれば、答えは否である。9月を迎え、すっかり足場も外された現場はいよいよ住宅の佇まいを感じさせる。インフラにまつわる設備が刷新され、造作工事の段階に入ると今井さんは今まで以上に多忙となる。

「解体とは真逆で、手摺や棚板を取りつけていく木工事では『ここ、どうする?』といった場面が必ず出でくるんです。」例えば階段の手摺りの場合は手摺同士の間隔、いちばん下の手摺りが階段天板から何㎜が使いやすくてきれいなのか…等の検証が現場で求めれるのだ。

「図面上の数値は出せますが、実際は元々ある柱などの構造体との兼ね合いもあってミリ単位のずれはどうしても出てしまうので、だったら現場で決めようと。」

「この柱の見せ方だって色々案は出てくるんです。表面をこのまま見せるために塗装で仕上げるか、それとも壁紙を巻いてキレイに見せるか…」

現場でのセッションは続く。図面で描ききれない部分は大工さんに直接伝えるのが今井さんの流儀。この設計には何の意図があってどう見せたいのか。「リノベーションはゼロから作る新築と違ってこうした現場判断は多くなりますね。それもこれも腕のいい大工さんがいてくれるからこそ。全てきちんと納まるんです。」

後日、木工事が落ち着くタイミングで現場を訪るとちょうど階段部で内装屋さんが壁紙の下処理をしていた。そこには手摺が均等に据付けられ、フラットな仕上がりの柱が。

昔の面影を残しつつも、それが真新しく演出されている。リノベーションならではの醍醐味はそんな所にもあるのかもしれない。

今更ながら、現場に毎日足繁く通う設計士ってそういないのでは?と思い聞いてみると「それはうちの会社ならではのスタイルかも。」との答えが。中川建築設計事務所は来年(2026年)で創業40周年を迎える。これまで数々のコンペを受賞し、住宅から商工業施設までその守備範囲は広い。「山形に来る前に勤めていた建築事務所では営業と設計と施工管理にそれぞれ担当者がつく分業制だったから、それ程現場に行ってなかったのよ。設計と営業がメイン。今は営業・設計・施工管理からアフターフォローまで一貫して任せてもらっています。」今井さんの中でこれまでの自分と変わった部分はあったのだろうか?

「とにかく経験値が上がりました。例えば大工さんから『ここ作業しにくいよ。』って言われるということは納まりが悪いということです。見た目がキレイじゃない、使いにくい。原因は図面にあるのか、元々の構造体なのかは様々ですが、とにかく暮らしやすさに直結する問題はおざなりには出来ません。」より多くの現場経験を積んだことは自身にフィードバックをもたらしたという今井さん。「提案にも、確実に幅が出たんです。」

「施主から大きい本棚を置きたいという要望もあったんですよ。今ある本は多いし、子供の成長と共に増えていくだろうと。ただ、後付けの本棚は結構な場所を取ってしまうし、それに子供の安全面も考慮したい…そこで提案させてもらったのがリビング一体型の本棚です。」省スペースでかつダイナミックな、一見矛盾した要素全てを取り込んだ本棚。「壁と一体の上部は曲げベニヤを使って、棚の天板の曲面はNCルーター加工で成形しました。」

元々そこにあるという安心感がリビングに優しく華を添えるオリジナル本棚。ナチュラルな色合いも落ち着く

答え合わせの内覧会にて

気がつけば11月。秋もすっかり深まっていく最中、来客が捌けるタイミングを見計らって内覧会へと赴いた。今まで見てきた行程で「あれは何どういう事だったんだろう?」と心残りのないようにアレコレ聞くつもりで生まれ変わった住宅へお邪魔する。

改めて色々話を聞き、ふと思ったことがある。本記事で取り上げた階段部や本棚以外にも、現場では繰り広げられる大工さんをはじめ職人さんと交わされるやり取りを施主は意外と知らないものだ。いたるところに散りばめれている設計の冴えすらも。あえて伝えないのはどうしてなのか。「なんだか勿体ないですね…」と私が聞くと今井さんはこう答えた。

「きれいに見せる細かい納まりを言葉で理解してもらうよりも、実際に見てふれてもらって、その反応がもらえれば満足だよ。暮らしの中で愛着を持ってもらうことが何よりですから。」この数ヶ月、始まりから今日までずっと自然体の人であった。建築に限らず自らの仕事を作品と称す人は沢山いるが、もしかすると今井さんはその対極に位置する人なのかもしれない。

…私たちがいるこの場所で来月から新しい日常が始まる。「これから先、子供が大きくなったら、この家を残していきたい…そんな風に思ってもらえたら、これ以上素敵なことはないですね。」

おまけイラスト